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「～名前の無い男～」

Femme fatale（運命の女）2

 夏とはいえ、この地域は夜にはかなり気温が下がる。寝袋の中に首まで入ったが それでも寒い。ヤンは上半身を出したままだ。私より寒暖差に強いうえワインも多く飲んでいて、まだ寒さを感じていないらしい。私は自分の寝袋を出て、彼の方へ潜り込んだ。「身体が冷えているじゃないか。ワインをもっと飲んだらいい」平熱は彼の方が高いので、寒い時にはひっつくのが嬉しい。「これ以上飲んだら寝ちゃうもん。もっと流れ星見てたい」彼はバスケットから魔法瓶2本とマグカップ2つ取り出し、自分にはエスプレッソを入れ、私にはミルクも入れて渡してくれた。私がマグカップに角砂糖を入れ混ぜている横で、彼は角砂糖の角をエスプレッソに少しだけ浸し、その個所をかじっている。「眠れるのなら、その方がいいのだが…」と、ぶつぶつ言う彼に「不承不承くれたもん、飲みたくないよー」と、私はふざけて言って「わかってる。このところ具合の良くない事が多かったから、心配してくれてるんでしょ」と付け加えた。彼は、自分の肩と胸の間に頭を付けている私を見下ろしている。「見るなら綺麗な星を見て。私の顔見る事ないよ」それには答えず空を見上げ、私の少し伸びた髪を撫でた。

 最近ではヤンと2人きりの時は、ほとんど何も話さず静かに過ごす事が常だ。私の第六感で知り得た精神世界の知識は、彼には全く無用のもので、あまり話す事はない。ただ、私が楽しかった、面白かった、感動した、などの場合は、感情のみを話す。付き合い始めた頃と同じように、彼は私が嬉しいと自分も嬉しいのだ、と言う。ジェニファのお母さんが、彼女の子どもとして生まれ変わってくる、という感動的な話も、彼に話す時は『今日は素敵な事を見て感動したの』となる。ダニーやジェレミー&ジェームズ、他の人から私の評判を聞いていないはずはないが、彼は私の第六感を借り自分の事を知ろうとはしない。彼の目的は、現在の仕事、ただひとつ。親の顔も知らないという人は、それを知りたいと願い、知ろうとするものだと思うが、彼は全く関心がないようだ。彼にとって大切なのは、現在という事か。たしかに彼は、今を楽しむ達人だ。過去を振り返って悔やむ事もなければ、未来を心配する事もない。とても健康的だと言える。だが、あるいは、と思う事もある。あるいは彼は、何もかも知っているのではないだろうか？知らない 覚えていない、と言っているだけで。（よそう、＂彼の問題＂だ。それに、私もこの時間が好きだ）

 当社本部は人里離れた場所にあり、街の灯りは届かない。つまり天の川が良く見える。この銀河の中心だ。（光の速度で何年、何万年何億年…）遠い星々に思いを馳せていると、以前より能力が高まっている私は、容易に意識を別の世界に飛ばしてしまう。

 …オリオン方面軍での任務を遂行する事に困難を感じている。私は連合軍作戦室の特殊工作員だ。旧知の仲である同じく作戦室の、アナリストを心の中で罵った。

 そのアナリスト（ヤンだ！）が内勤、私が外勤、といったところか。私は、そのアナリストによる分析の結果である作戦を遂行するのだが、彼はかなり無茶な事を要求する。私も かなり無茶な事をしなければ遂行は不可能だろう。彼は私の事を＂現場の判断＂を拡大解釈する、とんでもない男と思っている。私の方も、彼を無理難題を押し付ける、現場を知らない頭でっかちと思っている。でも、お互い おくびにも出さないが、とても強く信頼し合っている…。

 「リセン、夜が明けるよ。また君は、目を開けたまま寝て…」

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